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(詳細報告) 「子どもの幸せにつながる教育とは?」

2012/10/23 23:19
「子どもの幸せにつながる教育とは?」2012.10.6集会 記録
                 (於 明治大学リバティタワー 1123号)
主催者挨拶
(市民連絡会・長谷川)大津での中学生の自死事件がきっかけとなり、行政や学校から対策が出されているが、それを見ると上からの指導・対策に終始している。大切なのは子どもたち自身の主体的なとりくみで、それなくしては健全な学校生活はない。このような状況に学校をしてしまったきっかけは2006年12月に成立した改定教育基本法だ。それを作った男が政権を再び狙っている。
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第1部 = 現場からの報告 =
1.A区の現状 − (中学社会科教師)Kさん
 学校はここまできたかと日々嘆かわしい。A区は学校選択制。合同説明会でより多くの入学者を獲得するための準備も大変だ。そのために制服も変える。学校5日制の法律があるのに土曜授業が月1回ある。指定の授業時数をどうしたらふやせるかが最優先だ。放課後はなく始業式、終業式の日も授業があるのは当たり前。学力テストが多く、文科省の全国学力調査、東京都の学力テスト、A区主催の年2回の学力テストを実施して、毎回、テスト結果の振り返りをする。また結果をホームページに掲載する。一方生徒への授業アンケートがあって、授業のわかりやすさの率が高い先生は業績評価でいい評価がつく。教師は自己申告書を年3回提出しなければならず、その後に校長面接がある。校長の経営方針に異論がある人は「どんどん異動してくれ」と言われる。自分の評価に直結するので、教師は余計なことを言わなくなる。校長は保護者や地域による外部評価にもびくびくしている。ほとんどビョーキ。だから副校長は病気になる人が多い。


2.武蔵村山市の教科書採択の状況 − 富永由紀子弁護士
教科書採択時の教育委員会を傍聴したが、審議で教科書会社名は一切出ず、抽象的な議論のあと、表が出て一括で育鵬社に決めてしまった。事前に全て決まっていたのは明らか。教育委員会が形骸化している。武蔵村山市は子どもたちの主体性を踏みにじる行為が公然と行われているのが特徴。
例えば去年「中学生のための礼儀作法読本」というものが全校に配られている。内容はゾっとするようなもの。
教師だけでなく子どもに直接強制している点では都の先取りをしている。例えば学校選択制や中高一貫校も率先して実施しているが、閉鎖的な市内で非常にやりにくい。研究授業は他の市区町村の4〜5倍あって教師が忙殺され、子どもたちの教育がおろそかになっている。教育委員会は上しか見ていない。先日も武蔵村山市で「いじめ撲滅サミット」というのが開かれた。見かけは子どもたちが主体で、TV取材も入ったが、実は全部台本ができている。教育委員会が全部お膳立てをして、子どもたちはそれに振り回されている。国立二小事件を思い合わせる。現在の武蔵村山市の持田教育長は10.23通達を出した当時の都教育庁の指導課長だった。国立二小の卒業式は子どもたち自身が台本を作り、何か月もかけて作り上げた。それを当時の持田課長はめちゃくちゃにした。武蔵村山市は大変な異常な状況下にある。

第2部 = パネルディスカッション =

矢倉久泰さん(コーディネーター)
教育は本来子どもの幸せのためにあるものなのに、今までそういう本も集会もなかった。参加の皆さんそれぞれが子どもの幸せについてのイメージを持って帰って頂ければと思う。

リヒテルズ直子さん(教育研究者)
◆私は26歳までしか日本にいなかった。マレーシア、ケニア、コスタリカ、ボリビアと、いわゆる世界の開発途上国に15年くらい滞在した。当時は日本が非常に豊かで輝いていた。その後オランダに帰ったが、オランダは厳しい状況を乗り越えてグローバリゼーションの波に乗った頃だった。90年代以降の日本は徐々に悪くなり、現在に至る。武蔵村山市をはじめ日本の教育の状況を見ると超現実的で、こんなことが本当にあるのかと驚く。日本に必要なのは「今世界で何が起きているのか」ということをもう一度学び直すことだ。
◆2007年ユニセフの報告書でオランダの子どもたち(15歳)の“幸福”度が世界一になっている。幸福感が跳びぬけて高い。日本の子どもたちは“孤独と感じることがあるか”という質問で「ある」が29.8%もある。他の国は10%以下で、オランダは2.9%だ。
WHOによる調査報告書で「生活に満足しているか」という質問には41の国・地域中オランダは第1位。「学校が好き」は第4位。「学校の勉強がプレッシャーになっているか」の問いには「ならない」。「両親に何でも相談する」が80%近い。思春期なので年々下がる国が多いのに、オランダは下がらない。これは親の労働形態が変わったことの副産物として家庭での時間が増えた結果と言える。「働け、働け」の時代から、ワークシェアリングなどで「働ける人が働き、社会全体で生活をきちんと守る」というポストモダンの時代にオランダは入っている。働くために生きているのではなく、生きるために働く。こうするのは大変だが、オランダや北欧諸国は実現している。そのおかげで毎日5時過ぎには両親が帰宅する。
◆オランダが変われたのは大きな理由が2つある。1つは1917年の憲法改革。23条の「教育の自由」ができたこと。理念の自由と設立の自由。200人の親が署名をすれば学校を作ることができ、それに国がお金を出す。教育方法の自由もある。異年齢の子どもたちによる学級編成も可能。教科書や道徳なども自由度が高い。2つ目にオランダの宗教、宗派は(例:カトリックかプロテスタントか)、無宗教も含め、どれひとつとして多数派はなかったこと。マイノリティ同士がお互いを認め合うしかなかった。
◆近代の教育をみると経済発展のための為政者側の流れと、もう一方で市民意識、市民の自由を求める根強い流れとがある。強いのは、やはり産業化、経済優先の潮流だが、そうでない流れの人たちが声を上げ続けた。声の原点は民主制であり、市民意識だ。そこが日本では抜けている。
日本の教育はいまだに「産業化社会の教育」だ。明治期に最先端のヨーロッパの教育体制を導入した。しかしヨーロッパもアメリカも変化したのに、日本はそのままだった
日本で60〜70年代になぜ市民意識が実らなかったか。冷戦構造の中で、やっと芽生えた市民意識をつぶす要素が多かったし、日本人が経済発展に酔っていた。
◆多くの国々で教育に大きな変化があった。オランダは60年代に教育の自由が実現し、広がった。オランダの学校は公立が3割で私立が7割だが、経営は全く対等で、親の経済的負担は全く同じ。私立は宗教系やフリースクール系であり、公立は宗教色がない。授業の3割は独自の教育をやってよい。フリースクールの源流とは何か。19世紀後半、近代のものすごい産業化の波即ち「生きるために働くのでなく、働くために生かされる」という状況で人間が歯車のように扱われるようになった時期に、デューイらの教育者たちが「これでは共同体がこわれてしまう。だから学校を共同体にしよう。子どもが幸せに育まれる共同体に。」と提唱した。それが戦後60年代になって広がった。産業化社会から脱産業化社会へ。ヨーロッパが本当の市民社会を実現したのが60年代だ。
◆今のオランダの教育はどうなっているか。
1.デジタル化:15年前からIT教室がある。個別重視教育の徹底。すべてコンピュータに集約され、個々人に応じた認知的な教育プログラムが可能になった。
2.特別支援教育と普通教育の統合化:どんな障害を持った子でも希望すれば必ず普通の学校が受け入れなくてはならない。
3.民主的シティズンシップ教育: (例)上級生が小さな子どもたちのけんかを仲裁する。市民同士での解決。
4.ホンモノからの学び: 教科書からでなく本物から学ぶこと。
5.協働の重視:(例)生徒同士の学び合い。
6.システム理論の導入:アメリカからの輸入だが自由なオランダで広まった。
7.脳科学の研究成果の利用:(例)青少年にはネガティブな言葉は言ってはいけない。ホメまくる。
8.性教育の復活:文化によって考え方がちがう。境界線を尊重しなければならない。タブーにしない。

デジタル化によって教育効果は格段にアップした。なおかつ時間に大きな余裕ができた。これまでは教科的な学力の育成と社会的な情動性−こころの教育とは対立すると考えられてきたが、そうではないことが実証されてきている。脳科学的にも教科教育だけをやるのではなく、社会情動性、精神の安定、心の教育をやらないと学力は伸びないことが証明された。つまり「子どもたちが幸せでないと学力は伸びない」ことがOECD調査でも報告された。
◆ 共同体がしっかりあった産業化以前の社会は学校は読み・書き・算数の3Rだけでよかった。
産業化以降、経済至上主義になり、手段が目的となってしまった現代では
3Rに加えて5C(critical thinking, citizenship, creativity, corporation, communication)を高めることが重要になった。子どもたちが自身で学びの意義を感じられるようにする。それが最終的に3Rの発達になる。
効率主義の教育では中国やインドにかなわない。そうでない子どもを作るには先生はカリスマではなく、人生の先輩のファシリテータとなって、先生と生徒の力を合わせて教育を作り上げる。過去からの遺産を受け継いで未来の子どもたちへ渡していく。今の地球は未来の子どもたちから借りている、それを子どもたちに返していくために何をするのかということを考えなければならない。

福田誠治さん(都留文科大学教授・副学長)
◆北欧は社会民主主義だが、フランスやドイツも含め、英米のアングロサクソンとは違う教育をしている。社会主義国と地続きだったためかニューレフト寄りと言える。
◆デンマーク
例1.教室はデジタル化されている。生徒の個人を尊重している。学童保育が学校の中に入っている。生活の中での学び。給食はなく子どもは自分で判断して食べる。
中学3年生で全国学力テストを受ける。パソコンを使って学内LANで数学1教科で4時間行う。ノート参照しても食べながらでもよい。考える力そのものを測る。日本でゆとり教育が失敗したと言われるのは、先生にゆとりを与えなかったことと、新しい学力を古い学力テストで測ったため。
オーデンセ市の教育委員長によると「学習目標は3つある。@共同生活ができること Aその成果を発表できること B必要な情報を自分で集められること―すべてを学校では学べない。そのことを理解する。生徒の学びは一人ひとり違うので、みなが同じことを覚えてテストするという発想はない。
学力面だけを見るとデンマークは最低かもしれないが、必要な知識を手に入れる能力は優れている。学業がよくできるのではなく、人間として豊かなのだ。」政治問題についても学校でよく討論する。
例2.コペンハーゲンの進学校。落書きでいっぱい。授業を編成するのは先生。教科書は先生が自分で選ぶ。本物の本を使う。全国規模の教材センターがあり、先生の要望に応じて教材や資料を送る。
例3.工業高校。3万人在住の地域の工業高校の予算が13億円! 日本の倍以上の経費をかけている。
例4.フォルケ・ホイ・スコーレ。市民自立のための学校で単位もなく成績もつかない。
自ら学ぶことを徹底している。先生はアドバイスする。私立学校については政府が75%支給する。
例5.エフタースコーレ  義務教育(中学まで)卒業後の学校。全寮制で生活習慣を身に付けさせる。

◆フィンランド
1972年に教育改革。小・中の統一義務教育。1992年にソビエトが崩壊し大不況に陥る。大赤字になったが、だからこそ教育に予算をつぎ込んだ。小さな政府にし、教員に現場を任せた。金は出すけど口は出さない。

教員 生徒
 ・教科書検定なし  ・自分のために学ぶ(学習義務)
 ・視学官廃止  ・課題こなせば後は自由
 ・16歳までテストなし     (自己評価重視)
 ・教員評価なし  ・授業料は無料、教材費も無料
 ・45分の授業に90分の自己研修
 ・授業の仕方は先生まかせ

生徒は一人ひとり違う。それを指導する先生のやり方も一人ひとり違うので比べられない。先生はプロ。だから評価なし。
人間は自由にすることこそ一番創造力が生まれる。一番安上がりでうまくいくと政府は考えた。
<学習指導要領の変化>
(1)1970年国家カリキュラム策定  一人ひとりを尊重する原理をつくる
(2)1979年教員は修士号もつプロフェッショナル
(3)1985年地域の教材を生かせ。習熟度別授業廃止=>先生が大変=>教師の給料1割アップ
(4)1994年現場にすべて任せる。 職業教育の充実。

先生の平均退出時刻は14時57分。帰宅時刻は15時29分。睡眠時間7時間43分。
昨年の連続休暇日数63.2日(日本は5.7日)

三上昭彦さん(明治大学教授)
◆二人の報告を聞いてあまりの落差にとまどう。日本にはそもそも教育の自由という概念がない。そういう自由な学校は事実上つぶされてきた。
◆3.11から1年半たつが未だにトラウマから抜け切れない。なぜ文明が発達した経済大国、技術大国日本でこれほどの災害が起こり、2万人近い死者が出たか。
今回の災害は広域巨大複合災害と思っている。
広域性、巨大性、現代性(文明が発達するほど被害は大きくなる。例:高さ10メートルの大防波堤があったため逃げなかった人がいた。そこでは1000名を超す死者が出た。人間の技術と知恵で自然に対抗するという行為が完全に打ち砕かれた)
複合性(その最たるものが原発災害。スリーマイル、チェルノブイリの二大事故がありながら日本では起こりえないという安全神話があった。その根拠になったのは多重防護のシステム、訓練された人員がいるという事情。
専門家、マスコミも同調し、副読本で教育も行われた。4号機の再臨界を世界が最も恐れた。「高度技術化された日本がなぜ」「どのように収拾するのか」と国際的に注目されている。初動対応に失敗し、その後のさまざまな対応にも失敗している。失敗の一番の問題は、災害に対する事前の準備がなされていなかった。最大の被害者は原発付近の住民。
◆個人的に大きな衝撃を受けた。
1. 自分自身が知らなかった。1000年単位で起こる地震がある。日本列島の自然に対する無知。
2. 原発について:「どうしても理解できないのは日本人は唯一の被爆国なのにどうしてやすやすと54基もの原発を作らせたか」(ベック − ドイツ)
「日本列島は世界の地震の巣窟。このような地震大国でどうしてこれだけの原発設置を許したのか」(シュラーズ − アメリカ)
私なりの結論:背景に「原子力の平和利用」という詭弁を受け入れる下地があったことと、経済振興優先
  の政策の中で「未来の夢のエネルギー」という位置付けを与えてきたこと。そこに安全神話が入り込む。
  しかし原発立地地域はやすやすと受け入れたわけではない。最初は抵抗運動があった。住民運動の結果
  設置できなかったところもある。

◆今回わかったのは、大人自身の学力、教養の問題だということ。子どもの教育を言う前に大人がどれだけ現実を知っていたか。経済優先、国際競争の中で本当に大事にすべき価値=自然との共生、命の大切さ、もろさを軽視してきたのではないか。教育制度でも、そういったことを抜きに国策に同調してきた。
日本の教育システムの特性は、学校教育によって人材を養成し、選別し、学校歴によって人々を社会的に上昇させる手段とさせる。イギリスの社会学者ドアーは「学歴社会は後発国が人材の養成、選別のために作り上げたもの」と言う。日本があてはまり、韓国はさらに強烈な受験競争がある。
オランダ、北欧の夢のような教育にどうしたら近づいていけるか。グローバリゼーションの激烈な競争社会の中でどうしたら競争しないで協調していけるか。

矢倉久泰さん
3人の話を聞いてヨーロッパ各国の教育と日本の教育が対比され、日本の教育の問題点が浮かび上がった。日本は経済成長を続けるため、ひたすらGDPを向上させる人材を育成するための教育をやってきた。学力テストで競争をさせて最終的に原発容認の社会になったわけだが、戦後の教育体制を根本的に作り直す必要がある。それが子どもの幸せにつながる教育とは何かということにつながる。これからの日本の教育のありかたを発言してほしい。

福田誠治さん
フィンランドの教育を研究する中で「競争やめたら学力伸びた」という本を書いた。それでも競争するという人がいたから「競争しても学力行き止まり − イギリスの失敗」という本を書いた。でもまだ大阪市長などそう言っている。なぜ学力の低い、失敗した国のやりかたをまねるのか。
宿題はない、勉強は学校のみ、授業数は少ない。塾はない。なぜそんな北欧の国がアジアの必死な国と互角以上なのか。
ネオリベラリズムにも2つ潮流がある。権利としての教育か、商品としての教育かという対立項でユネスコはじめいろいろな場でたえず論争している。日本の大学は急速に商品化してきている。日本の教育は空洞化して産業さえ支えられないようになるだろう。ヨーロッパはなぜ違う道を歩むのか。勝ち組、負け組で競争したら、小国は負けるに決まっている。他者と組んで束になるしかない。両方に顔のきく小国こそキャスティングボードを握る。一人ひとりが人間で、一人ひとりが違っていていいのだという考え方になれるかどうか。
日本の原発問題で言えば問題解決力があるかどうか。想定外のことにどう対処するか。東大出の専門家たちがおろおろしていた。想定しなかったから私に責任はないという人間を育ててしまった。想定できるようにいろいろ学ばなければならないし、それでも予想外のことが起こったときに使える学力をつけなければいけない。
日本は国民の教育権が国家の教育権にすりかわっている。国際的潮流は教育権の定義は「一人ひとりの積極的な学習行為を認め、それを支援する教育へ」と変わってきている。

矢倉久泰さん
 学力主義で育った優等生は想定外に対処できない。一人ひとりの学びを大切にするオランダはどうか。

リヒテルズ直子さん
  最初の1分間を皆さんにあげる。1分間で教育の目的とは何かを考えてください。 100人いたら100通りの答えがある。それが民主的な教育。民主主義はデモクラシー. 社会主義はソーシャリズム、自由主義はリベラリズム。皆ismイズムがつく。しかしDemocracyにはイズムはつかない。Democracyはあらゆるismがありうる存在のこと。それによって社会を保っていく。. 
働くために生きるのか、生きるために働くのか。オランダ人は60年代に生きるために働こうと決めた。
ヨーロッパは原発ができてものすごい論争が起きた。環境問題が起き、学者の責任が問われるようになった。産業社会はあと戻りができないほど地球を傷つけている。経済発展はより良い生活をするためだったが、ある時点から経済発展そのものが目的化した。原発事故は権力闘争の象徴。脱産業社会をめざすオランダが新鮮に見える。なぜDemocracyが大事か。民主主義はまさしく危機管理。一人ひとり違うからいろいろな意見がある、意見を言える、だからいろいろな見方ができる、同じ問題に対し社会にコミットしながらいろいろな考え方ができるから危機管理できる。より良いものが生まれる多様な豊かさがある。絶対制、独裁制、官僚制に任せてしまったら危機管理できなくなる。その典型が日本の状況。危機管理できなかった。その日本人を作ったのが今までの日本の学校制度だ。だから危機管理できないような学校制度に組するようなことはしないでほしい。日本は封建主義から近代の個人主義までは来たが、それから先の相互依存には至っていない。
しかしまずは、independent―自分の頭で考える―でなくてはならない。それが危機管理への最も近道だ。あなた任せにすることはできない。最も大切なのは民主体制で、それを維持すること。民主体制が少しでも危ないと思ったらコミットすること。そういう子どもを作れるかどうかにヨーロッパもアメリカも必死に取り組んでいる。日本の津波や原発事故を見て一層強まった。日本でなぜそうならないか。言い訳はいくらでもできるが、それを乗り越えるしか出口はない。震災後の日本の方がエネルギーがたまっていることを感じる。

三上昭彦さん
 教育改革に特効薬はない。山積する問題のどこから手をつけるか。 少子化が進んでいながら、ある層では受験競争が激化している。他の子たちは降りている。
かつては明治大学でも自主的学習、独自の学生文化があった。今は少人数授業でも学生が寝始める。学習意欲に違いがある。欧米では「あなたはどう考えるか」とたえず問われるのに対し、日本の教育ではただひとつの答えをつめこむ教育を得意とした。自分の頭で考え、自分で学ぶ魅力的な教育制度をどうやって取り込んでいくか。
もうひとつは地球上の南北問題。アメリカにも南北問題がある。この世界構造をほりさげていくことが必要だ。

矢倉久泰さん
震災以降、日本でもお任せ民主主義でいいのかという問題意識がある。私たち一人ひとりが主権者としていろいろな問題にかかわっていこう。これからは自立した市民を育てるシティズンシップ教育をしっかり子どもたちにやっていく必要がある。
そしてひとつ言えるのは子どもが幸せと感じる学校とは子どもが居心地がよい学校だということ。今日はどうもありがとうございました。

  


          
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詳細報告版 2012年3月4日 「国策」のための教育から、子どもたちのための教育へ

2012/01/11 22:31
共催:学校に自由の風を!ネットワーク、「子どもはお国のためにあるんじゃない!」市民連絡会、子どもと教科書ネット21

主催者挨拶(長谷川さん)

 なぜ、今このようなタイトルの集会をやらなければならないのか。60年前にやったことのはずなのに。
教育基本法改悪から国策教育が進み、「何も考えない」「職員会議でモノ言わない」教員が作られてきた。東京で行政権力がやったことを、大阪では条例化しようとし、さらに、安倍晋三は大阪の条例を国の法律にしようという許せないことを言っている。
 いま、問われているのは、教員、親、市民の自治能力。一人一人が主権者として、教育をどちらの方向に持って行くかを決めなければいけないときがきている。

【第1部】「日の丸・君が代」最高裁判決を受けて 加藤文也さん(弁護士)

 東京都教育委員会が出した2003年10月23日の通達(10・23通達)は、教育行政を根底から変えるものだった。「日の丸・君が代」を強制して教職員の主体的活動を制限し、教育現場を命令で運営するものにした。
 2006年9月21日の東京地裁判決(難波判決)は、「日の丸・君が代」強制を違憲・違法と断じる画期的なものだった。しかし、その直後の同年12月に教育基本法が「改正」され、翌2007年2月に「君が代」伴奏拒否訴訟の最高裁判決で、「職務命令は、思想・良心の自由を制約するものではない」として敗訴。。
 2011年5〜7月に相次いで、「日の丸・君が代」強制関係の最高裁判決が出たが、弁護士出身の宮川光治裁判官だけが、「少数意見」として、「日の丸・君が代」を強制する職務命令は、思想・良心の自由と深く関わる問題であること、学習指導要領の国旗国歌条項を根拠に、起立・斉唱を職務命令とすることはできないことなどを述べている。宮川裁判官は2012年1〜2月の最高裁判決でも、教員には教育の自由があり、職務命令は明らかに憲法違反だと述べている。このような少数意見に注目してほしい。

対談 「国策」を支えてきた教育  戦前から現在
浅羽清二さん(元中学校社会科教員・81歳)  現役小学校教員「A」先生(30歳代)
   司会・東本さん


――まず、自己紹介を
「A」先生 1977年生まれ。浅羽さんは、自分の祖父と同じ歳。東京都の公立小学校勤務で、教員になって10年。ちょうど石原の10年と重なっている。
年々教員への管理、支配が進み、自殺者も増えている。自分も、やりたいことをやらせてもらえず、校長と議論しに行ったが、まったく相手にされなかった。これは一人では闘えないと、インターネットで探して組合に加入した。
 工業高校に通っている時、東チモールの井戸掘りボランティアに行った。そのとき現地の友人が何人も殺される“戦争体験”をした。「人は人を殺してはいけない」が自分の原点。
浅羽 1930年生まれ。15歳までは「お国のために」の教育を受けた軍国少年。15歳のときに、大日本帝国憲法が目の前で崩壊し、価値観が180度転換する中で青年時代を送る。旧制中学2年のときに「日本国憲法」ができ、「平和で文化的な国家」という憲法の理念を受け止めて、1953年に教員になった。
1989年まで中学の社会科教員を務め、1年再雇用で、1990年に退職。「家永教科書裁判」を1965年からずっと支援し続け、現場と教科書裁判の40年だった。

――「日の丸・君が代」強制に関して、現場の教員の反応は?
「A」先生 若い教員の間では、まったく話題に上らない。日の丸の「ひ」の字も出ない。君が代を歌うことで評価が上がるので、若い教員は元気な声で全力で歌う。「なぜ歌うの?」と聞くと、「歌わなくちゃいけないから」。「日の丸や君が代のことをどう考えてるの?」と聞いても、何も考えていない。思考停止状態。「日の丸・君が代」問題にまったく向き合うことなく歌っていることがいちばん怖い。
 卒業式が話題の職員会議で、珍しく若い先生が手を挙げた。その発言は、「卒業生が在校生に呼びかけるとき、卒業生が日の丸にお尻を向けることになってしまいます」というもの。校長は「素晴らしい意見だね」と。呼びかけはそのまま行われたが、年配の先生も口をつぐんで何も言わない。

 もう一つの例。自分は去年異動だったが、異動先で「辞令伝達式」というものがある。4月の忙しいときに役所に呼ばれ、まず入口で名簿が配られる。指導主事用の名簿には、名前の下にそれぞれ空欄があり、君が代斉唱のときにちゃんと歌っているかを一人一人チェックする。会場の正面には大きな日の丸が掲げられ、一人一人名前を呼ばれ、「はい!」と返事をして立ちあがり、辞令をもらいに行くのだが、この返事の声が小さいと、また「○○君」と呼ぶ。自分は返事をしなかったが、3回名前を呼ばれた。こんな調子で200人の辞令を渡すのに2時間かかる。会場の入口には、市内すべての学校の校長がズラリと並び、自校の新任教員に「しっかり歌うように。返事は大きく」と声をかけ続ける。

――「日の丸・君が代」と、戦争に向かう教育のつながりは?
浅羽 戦前の学校では、儀式のときに日の丸は掲げなかったが、その代わり「御真影」が掲げられ、校長が教育勅語を読んで、君が代斉唱。そして、お菓子をもらって帰るという儀式が年4回くらいあった。日常でも、校門に国旗が掲揚されていて、修身の時間に君が代などの話がよくあった。「日の丸・君が代」は、軍国主義教育のシンボルだった。
 戦後、1958年の学習指導要領改訂で、「儀式で日の丸掲揚、君が代斉唱が望ましい」とされ、毎年職員会議では、激しい議論になった。私がいた三鷹市では、最後まで「日の丸・君が代」がある卒業式だったが、教員の大半は反対していた。異動した杉並区では、退職までの16年間、ずっと「日の丸・君が代」のない卒業式。子どもが卒業式の歌をつくり、平場で行われた。教職員、保護者、市民の反対の中で校長も強行できなかったのだと思う。
 再雇用になると、職員会議での発言権・採決権がないが、出席した。一人の女性教員が「君が代は卒業式にふさわしくない」と発言。すると、教頭や教務主任が「それはもう古い。すでに解決している問題」と。私は頭に来て発言権がないにもかかわらず食ってかかったが、それから20年。今は職員会議で話題にもならないというのは、隔世の感がある。

――教員同士のかかわりや、教員研修について
「A」先生 いま青年教職員にとっていちばんの問題は、毎年のように初任の先生が自死していること。初任者研修の一つに「接遇マナー」というのがあり、授業中に子どもに自習させるなどして、「お辞儀の角度」「電話の応対」などの研修を受ける。江戸川区のある女性新任教員が、「こんな研修のために子どもを置いてきたわけではない」と言ったら、もう大変。管理職に恫喝されまくり、追い込まれて、結局3人の子どもを残して自死。こんな「権力の人殺し」があちこちで起こっている。

 西東京市では、自殺者を出さないための対策として、退職校長が新任教員の悩みを聞く「教員アドバイザー制度」というものを作った。自分の妻がたまたまこの制度の該当者だったが、「○日に、○先生が来てくださるので、悩みをレポートにして出すように」と言われ、悩みを書いた。いま、学校では、学級通信一つ出すのでも、「下駄判」といって、主任、主管、副校長、校長の判を押してもらわないと出せないのだが、「悩みレポート」も下駄判で、副校長に「こんな悩みがあるか!」と突き返された。「悩み」の中身も管理され、「授業に子どもが乗ってこない」などの“よい悩み”しか受け付けてもらえない。そして、「せっかく○先生が来てくださるのだから、授業も見てもらいなさい」と、授業指導案を作ることを命じられ、それをつくるのにボロボロに疲れる。行政の“対策”は見せかけにすぎない。
 現場では、教員どうしの学び合い、支え合いはまったくない。教員は、ABCDで評価され、Cランクは給料も下がるから、若い教員は評価を怖れて、たとえクラスがうまくいってなくても隠す。まわりの教員も忙しいから見てくれない。そうやって孤独の中で生活している。

 病休がすごく多い状況に対して都教委がやっているのが、額に10秒当てるだけでトレス度がわかるという「ストレスチェック」の紙の全教員への配布。いま自分はお尻のポケットに入れていた熱で少し赤くなっているが(笑)、怖いのは、メンタルヘルスを個人の責任にしていること。原因を追究することなく、倒れるのは本人の責任、自分でコントロールせよと言う。そうやって分断された生活の中で、病気や自死に追い込まれる教員が後を絶たない。
 もう一つ例を挙げると、職員会議で校長が「○○先生には今年度いっぱいで辞めてもらいます」と言う。ほかの教員はダンマリ。現場は即戦力を求めているので1年でつぶれるような先生は、即サヨウナラ。1年目も失敗できない中で、1人で抱え込み、倒れてしまう。

浅羽 私が教員になった1953年は、勤務評定もなく、教科書は学校ごとに選択、学習指導要領も法的拘束力がなく、学校には自由な雰囲気があった。
 三鷹市の新任研修は、バス1台を借り切り、三鷹の遺跡めぐりでおしまい。
 そのかわり、組合の新任研修はしっかりしていた。高尾山の薬王院に新任教員が集められ、宗像誠也さん、上原専禄さん、高島善哉さんという錚々たる講師陣の講義を受けて、議論する。すっかり感動して、3人の講師の本を買いこんで読んだ。
 教員の力量をつけるのは、職場の同僚と、子ども。担任を持って子どもと格闘することで力量がついていく。また、先輩教員に、「毛沢東の『矛盾論』はもう読んだか?」などと聞かれて読んだり、仲間と議論することで力量をつけていった。

「A」先生 初任者研修には、「授業の研修」もある。1人が授業をしてそのあと意見交換するのだが、「褒めてはいけない。悪いところを批判的に述べよ」と指示される。初任の教員同士が「声が小さい」「板書の書き順が違う」など重箱の隅まで批判し合い、互いにつぶし合う。終わったあとの飲み会などもちろんなく、同僚はライバルになる。
 宿泊研修は、自分たちも山に行ったが、スーツ着用。夜までの我慢と思ったら、9時消灯。真っ暗な部屋を指導主事が回って点呼。僕は、隣の部屋で隠れて飲んでいたら見つかり、廊下で正座。一緒に飲んだ40台の教員も、若い指導主事にとやかく言われながら、隣で正座。
こうやって思考停止にさせられる。
浅羽 私のときは、3人の講師の話のあとは、酒を酌み交わしながらの議論。先輩教員に「教研集会に行って来い」と言われ、みんなのカンパで行かせてもらった。そうやって先輩や仲間が育ててくれた。

――国家権力が戦略を持って教員を追いこんでいく中で、どうすればよいか
「A」先生 教員が地域、保護者をまきこんで平場でつながること、問題を共有していくことしかないと思う。そうしないと孤独の中で思考停止が進む。先輩の先生方には、ちょっとした声掛けでもよいので、どんどん若い教員にかかわってほしい。
浅羽 政治権力は、長いスパンでものを見ることはできないが、自分の政治権力を守るためには絶妙な先手を打ってくる。私たちはまず、政治権力の動きをしっかり見つめなくてはいけない。「鳩のごとく柔和にして、蛇のごとく鋭くあれ」の言葉のように。
 もう一つは、教科書裁判のとき、加藤周一氏が「国際社会に生きるとはどういうことか?」の問いに「普遍的価値を学び、自立すること」と明快に答えていたが、「普遍的価値」とは、「人権」と「平和」で、まさに憲法が宣言していること。権力が教育を変えようとするとき、まず、リベラルな教員を排除し、教員を変えていくというのは、戦前も同じ。政治権力に立ち向かうには、「人権と平和」という普遍的価値で国をつくるのだということをしっかり認識し、開き直ることが重要だ。

【第2部】「学校に当事者主権を」  上野千鶴子さん(東京大学名誉教授・社会学者)

みなさんは石原暗黒都政の「日の丸・君が代 10・23通達」の犠牲者だが、私は2003年に東京都教委が出した「『ジェンダーフリー』を不使用とする」という通達の犠牲者。2006年に、国分寺市で私を講師に呼ぼうとした人権講座を、都教委が踏みにじった。私は、石原がいる間は、東京都の講座には一切呼んでもらえない。

生徒も教師も当事者主権を侵されている
 ある公立中で、私の著著『当事者研究』を生徒に読んでもらい、何人かの生徒と私でパネル討論をすることになった。パネラーとなる生徒の選出にあたって、先生は「読書感想文」を提案したが、読書感想文は教師の望む優等生作文しか出てこない。そこで、1人称単数で「私が、当事者主権を侵されたとき」という題で400字の文章を書いてもらうことにした。すると、普段は発言のない男子が「ぼくは毎日、学校で当事者主権を侵されています」と書いてきた。子どもたちは、『当事者主権』の本をちゃんと読めている。

子どもが当事者主権を侵されている場で、人権教育もへったくれもないだろう!と思っていた、今日の話を聞いて、毎日「当事者主権」を侵されているのは、じつは教員であることがわかった。
 私が長く勤めていた3流、4流の私大には、「所詮」「どうせ」の塊になった子どもたちがやってくる。彼らは「やればできるよ」と引っ張りあげてもらうことがなかった。「よくもここまで叩きつぶして送りこんでくれたね」と恨みごとを言いたくなる。一方、東大など1流校に来る子は「やればできる」という根拠のない妄想を持てる。そこまで引っ張り上げてくれたのは誰?と言いたくなる。

自分の「切実な問い」を立てて、解く
 大学は、「正解のない問いを探求する」場。高校までの正解がある問いを解く「勉強」と違い、「学問」は、まず@問いを立て、A問いを解く。教員が教えることができるのはAだけ。@は誰も教えてくれない。ただし、訓練はできる。子どもの「なぜ?」「どうして?」を「うるさい!」と水をかけるのか、「おもしろいところに気づいたね」と褒めるのか。18年間の環境次第と言える。

 「問い」には、「適切な問い」もあれば、マスコミなどにあふれているような「上滑りな問い」、人生に意味があるかといった「手に負えない問い」もあるが、「切実な問い」が自分の中にあって自分をつかんで離さない人のことを「当事者」と言う。「ぼくはゲイです。そう言うだけで心臓がバクバクするけれど自分にとってこれほど切実な問いはない。だから解きたい」。「レイプの被害者です。この問いを解かないと私は一歩も前に進めない」。こういう人たちが私のところに来る。問いの大小や、優劣は問わない。あるとき、「中絶の研究をしたい」という女子学生がいて、本などを渡したが、しばらくして「読みましたが、役に立たなかった」と。彼女の問いは、「中絶後のSEXの再開について」。それは先行研究がないから「あなたが第一人者だよ」と話した。

 自分の問いは自分で解くしかないが、他人の問いを他人が解く姿(先行研究)は役に立つ。私がしてあげられるのは、自分が問いを解く姿を背中で見せること。上野ゼミはじつは、「総合学習」と限りなく似ている。20歳でできることは、15歳でも、12歳でもできる。しかし、小学校に総合学習の時間ができたとき、指導できる教員がどれだけいたか。なぜなら、人は自分が経験していないことを、人に伝えることはできないから。

どういう人材を育ててきたのか
 教育は、嫌な言葉だが「人的資本の形成」と言われる。金も時間もかかっている。国の富をはかる指標に「人的資本率」というのがある。人材育成のためにかけたお金を表す「国民教育資本率」(高等教育在籍中の学生数×1人当たり平均教育費÷GDP)は日本は高いが、公的資金の投入率は極端に低く、ほとんどが親の金(私的資本)で支えられている。
 教育が投資であるならば、当然回収を期待する。では、この人的資本への投資は本当に効率がいいのか。これだけの金と、エネルギーと、時間と、子どものストレスをかけて、いかなる人材を育成してきているのか。国民教育資本率は、「どういう人材を育てたいのか」という目標抜きに語ることはできない。
 東大生に「好きな問いを立ていいよ」と言うと、何を言われているのかわからない。「意見ありますか?」と聞くと「別に」。そういうときは「そう。私が言ったことを100%理解して、同意したのね。じゃぁ、聞くけど」と、突っ込むことが大事。

 つまり、どういう人材を育ててきたかと言うと、「右向け右」と言われたら愚直に従う人材、「黒」を「白」と言ったら「白」と言う人材。まじめに一生懸命手抜きせずにやる人材は、製造業の時代や、軍隊のように人を歯車の一つと考える場では有効だったかもしれない。しかし、21世紀はそういう人材では間に合わないことはすでにわかっている。もはや一定時間にたくさんの物を作れることが「生産性が高い」とは言わない。これまで誰も思いつかなかったことを思いつく「情報付加価値生産性」が高い人材が求められる。5時間かけて思いついても、5分で思いついても生産性は同じ。1つか2つの使えるアイデアのためには、100、200のアイデアを思いつくことが必要で、つまり、泡のようにアイデアが湧いてくる環境があることが重要。私のところにときどきユニークな子が来るが、その背後にはたいていユニークな先生がいる。それは、余計なことをやった先生。わざわざ副教材を作って慰安婦のことをやったり、ビデオ見せたり・・・。子どもは教える人の背中を見て育つ。「問いが立てられない」「意見が言えない」のは、その子たちの責任ではない。誰が、どんな環境が、彼らを育ててきたのかによる。

21世紀のグローバル社会を生き抜く力とは
 この季節、怒りを抑えられないのが、「リクルートルック」。これは、個性をおし隠すためのもの。指定校制度はすでに定着し、学歴差別が歴然とあることを彼らは知っている。「暑いから上着は脱いでいいですよ」と言われて脱いだらアウト。日本の企業が、上位下達、右向け右に従う人材を選抜しぬいていることを彼らはよく知っている。
 いまの日本企業は21世紀のグローバル社会を生き抜く力はない。私は、「新卒一括採用」人事はただちにやめるべきと言っているが、こういう採用が続くのは、1人の採用コストに300万かかるから、すぐに転職するような企業忠誠心のない人材は取りたくないと企業が考えているから。そして学生は、リクルートルックに身を包み、「社畜」になるための熾烈な椅子取りゲームをやっている。

 私の教え子の一人、古市憲寿くん(新鋭の社会学者)は『絶望の中の幸福な若者たち』という本で、「いまの若者の7割が幸福だと感じているのは、これから先よくなる可能性がないと思えば、いまが幸福だと思うしかないから」と述べているが、これは、高齢者施設とよく似ている。ほかに行き場がない所では、いまが幸せと思うしかない。強制収容所にだって、小さな幸せはある。いまの教育現場は、強制収容所に近く、出口もまた厳しいスクリーニングが待っている。こんな中で個性的な人間が育つわけはないと、私は教師を恨んできたが、教員も同様。そもそも教育委員会の教員採用人事(選抜)に問題がある。こういう人にこそ教員になってほしいという人は採用されない。
 戦後、GHQの教育改革にあった「男女共学」も「制服廃止」も、すぐに消えたが、「教育委員の公選制」も、あっという間に廃止された。教育委員が任命制になり、今度は廃止?  これに賛成する自治体の首長たちがいて、その首長たちを権力の座に押し上げる有権者たちがいる。

 石原暗黒都制が12年も続くのは、有権者の「思考停止」と「あなた任せの白紙委任」による。石原らの「もっと競争を」という政策によって最もワリを食う人たちが、石原、橋下、小泉らを権力の座に押し上げてきた。
そうやって「モノ言わぬ国民」「思考停止」で「お任せ政治」をやってきたツケが、今回の原発事故。これだけ高くつく授業料を払って、これでもし学ばなかったら最低の愚民。
 阪神淡路大震災でもそうだったが、行政機能がマヒしたとき、何がいちばん大事かというと、「現場の人間の自由裁量」。「前例」「権限」「指示」に縛られていては何もできない。今回の原発事故でも、スピーディのデータはいろいろな部局の役人が知っていた。にもかかわらず、「自分の役割ではない」「指示がない」と、誰ひとりとして官邸に情報を送らなかった。自分の判断と責任で動く官僚が一人もいなかったということだ。彼らの多くは東大出身。こういう人たちを、教育し、選びぬいて採用し、私たちの税金で養ってきた。

いちばん大事なのは「人とつながれる能力」
 今回の震災で、大勢の犠牲者を出した大川小学校では、先生の指示に従った子は助からず、先生の指示に従わずに自分の判断で動いた子は助かった。「津波てんでんこ」という言葉があるが、「てんでんこ」は連帯を断ちきるエゴイズムではない。被災地NPOの人が「『てんでんこ』は、自立と強い信頼が生みだす言葉です」と、素晴らしいことを言っていた。自分の親なら、あの子なら、ちゃんと自分で逃げられるという強い信頼があるから、てんでんこに逃げられる。信頼がない人たちが上位下達に従う。そういう人は「危機=前例のない変化」時に、役に立たない。
 日本はもはや、追いつき追い越せの時代は終わった。超少子高齢化社会は、日本が最先頭を走っている。世界のどこにも日本が手本とする社会はない。これからは、これまでの「前例」は役に立たないことを、おとなが子どもたちにきちんと伝えなくてはいけない。
 いま、子どもが減っているが、私たちの研究データではっきりしていることはは、従来通りの結婚観・家族観を持っている人ほど、結婚しない、子どもを産まない。結婚観を変えた人、男に対する期待を早々と捨てた人ほど、早めに男をゲットしている。

 いまの日本社会には、子どもを産みたいと思わせる要因はなく、少子化を覆す兆候はない。私たちにできるのは、滅びていく日本を、せめてハタ迷惑にならないように安楽死させることかもしれない。でも、この船がドロ船ならば、自分だけでも逃げてほしい。世界のどこかで生き延びてほしい。私の教育の目標はそういう人材を育てることだった。これは偏差値ではない。どんな状況でも、どんなところでも生き延びることができる力。
言葉もわからず、知人もいない難民は無力の極みだが、どんなに無力でも、無能でも助けを調達する能力さえあれば、どこに行っても生きられる。それは「絆」をつくる能力。人と人とのつながりを作る能力。その能力を、教育が壊してきた。教員の初任者研修は、同期との絆を壊す最低の教育と言える。教師が「ほめて育てられる」ことなく、競い合い、監視し合っている中で、子どもたちは「出過ぎると叩かれる」ということを学習する。人と人のつながりを壊してきたのが、ネオリベの競争社会であり、それをもっと進めようというのが、石原、橋下、小泉路線だ。教師が不幸せなところで、子どもが幸せになることはない。
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